中国法人の会社清算は電算化の恩恵もあり、規則通りに進行・完了した事案が目立って多くなってきた。感覚的には過半の事案においてそれほど大きな問題もなく、ほぼ当初の予定通りに清算が完了したのではないかと思う。とはいえ、完全自動化というわけではなく担当官によるマニュアル処理が残っているところに落とし穴があり、思わぬ税を課されたり長期化する事案もある。多大な税額は確かに重要な税務リスクの切り口ではあるのだが、清算がいつまで経っても終わらない状況もリスクの一軸であろう。
ここでは会社清算に絡んで生じる税務等の問題を、金額軸と時間軸による4象限に分割して考えてみたい。
会社清算の4象限マトリクス
会社清算マトリクス縦軸は会社清算に絡んで生じる税額の大小、横軸は税務登記抹消までにかかる時間の長短であるが、担当官目線でみた好ましい方向性を右上に置いている。なるべく短期間で税が多く徴収できればGOOD(右上)、時間がかかり税徴収も少ないことはBAD(左下)となる。
横軸は担当官にとってのインセンティブ軸ということもできる。必要最小限の労力で清算事務を終わらせたい、と右へと志向する。
一方の縦軸は担当官にとっての評価軸だ。徴税額が多いほど評価が高く、上へと志向する。
担当官目線の方向線を45度角でなく30度ぐらいにしているのは、どちらかというと担当官が時間軸を優先し、金額軸に重きをおいていないように思われるからだ。
それに合わせて縦横軸の交差点座標は上にあがり、ここでは(X,Y)=(0,5)としている。税の徴収が少ないとしてもマイナス評価にはならないという意味だ。
地域及び時期の違いで、担当官方向線の傾きは変わる。税の徴収に重きをおく地域では傾きは急になるだろう。また、交差点座標も下にさがり、(0,-5)=税徴収がなければマイナス評価、ともなりうる。では各象限の内容を順に解説してみよう。
第1象限に属する事案は、多額の追徴税額が発生する税務問題を抱える清算事案である。
中国の会社清算は難しいと従来から言われている理由の一つに、会社の登記住所移転や清算において不合理な税が課される、ということがある。都市部では目立って少なくなってきてはいるものの、属人采配がまだまだ主流の地方においては確かに会社清算に伴うリスクとして認知せざるを得ないといえる。
会社清算では一般的に税務局が過去三年の損益状況を重点的に確認する。当該期間における企業所得税、増値税、個人所得税、印紙税などの各種税金の未納がないかを調べるものである。また管轄は違うものの税関による関税、保税保証金、社会保険監督官庁による養老保険なども保証金等の還付条件に合致しているか、未納がないか、などを調べる。
三年の損益状況の確認では、税務局の徴税システムが異常値を検出して解決すべき問題がリスト化される。会社清算に先立ち非公式に未解決リストを閲覧することもできる[1]。
古今東西、政府官庁の思考は減点主義であるから、担当官として最も避けるべきは税金の取り漏れであり、大きければ大きいだけ担当官としてもリスクが大きくなる。リスクがどのように顕在化するかを考えるとき、未解決リストに掲げられた事項の問題解決は絶対であるものの、それ以外の税務事項が問題として顕在化するかは税務担当官の力量にかかってくるだろう。さてこの状況で担当官は本気で調査に取り組みたいであろうか。
顕在化した問題は解決しないと自分の評価に影響する、顕在化させるかどうかは自分次第、の状況において、税務問題を積極的に発見しなかったことをもって減点されないなら、担当官に調査のインセンティブは生じない。自分の担当する会社群からの徴税総額の多寡が評価とは直結しないのなら、淡々と会社清算事務を処理するだけであり、都市部での会社清算、或いは小規模法人の簡易清算ではこのように進むことが多い。
一方で財政の逼迫しているなどの理由で、旧態依然とした金額評価が根強く残っている地方もある。また景気の変動で税収のブレが生じるなど時期により金額軸が評価軸となることもある。このような状況下では、担当官として何らかの追徴課税案件を見つけようとするインセンティブが働くことになるだろう。ただし短期に決着する税務問題に限る。
システム上検出される指摘事項は勘定科目の異常な増減、非経常的な損失や利益、などが中心であり、例えば過去の在庫廃棄、固定資産除却、赤字販売、などがあげられる。ここから損金否認する要因がないかを調査する。また、システムで検出されない事項としては、過去に享受した補助金、緩い基準で適用されてきたハイテク優遇税率適用、研究開発費の割増償却、関連会社間の国際取引に係る印紙税の未納、外国籍社員の個人所得税あたりが定番の問題である。
長期間にわたり会社が清算できないことは会社側に焦りを生じさせ、清算業務責任者(清算委員会委員長)及び担当者を追い込むことになる。この場合は3年に限らず過去数年の期間において未納と判断できるネタを会社の方で探して妥協的に追納[2]を敢行し、清算処理を優先させるという選択肢をとることもある。会社としては追納税額は少ないに越したことはない。また担当官としても税額の多寡よりも処理速度を評価基準に考える場合もあり、妥協点を見出すことはそれほど難しくない。
第2象限は、金額も然ることながら担当官が早期解決の時間軸を柱に解決を図ろうとする場合が該当する。当局側に焦りがあるとしたら課税年度内に決着したいインセンティブが働く場合であろう。年度末(近く)まで引き延ばせば有利な条件で折り合える可能性がある。また、会社清算における税務登記抹消処理の最終判断を下す所轄部門の得点となる事案を優先処理することで金額リスクをミニマイズできる可能性もある。一般に、企業所得税の所管部門が税務登記抹消のボタンを押すため、増値税関連は二の次と考えることもできる。
第3象限でまず頭に浮かぶのが移転価格問題ではないだろうか。しかしながら会社清算の段階において移転価格問題を取り上げるインセンティブは担当官側にはなく、また実際にも税務抹消申請をきっかけに移転価格調査が始まるという事案は幸いにも筆者は聞いたことがない。移転価格は専門の調査部局が担当するため、当該会社の所轄税務局の担当官及び清算所轄部門のGOODポイントに(全くならないとは言わないが)なることはそれほど多くなく、それならば他のネタで課税する第1象限案件を優先するのではないだろうか。逆手に取ると移転価格問題を潜在的に抱える会社は清算まで粘り、交換条件として第1象限に属する問題でそれなりの追納をする一方で、移転価格問題を顕在化させないという選択がありそうだ。
第4象限が実は一番厄介であると感じている。担当官に問題解決のインセンティブがなく、店晒しにされがちだからだ。
通常の納税事務において仕入増値税の還付に数ヶ月を要することもざらにある。税関の保証金返還で年越しの経験を持つ会社も多いだろう。企業所得税は四半期予納方式なので年後半の税務抹消開始では、還付申請となる場合があり、これも翌年の確定申告まで待たされたりする。清算が決定したなら還付が生じないように打てる手は打つ(予納しなくていいように四半期計算上、費用や引当金を多めに見込んで計上するなど)が得策だ。
税務当局のシステムが完全に整合していないことから生じる未決事項が残ってしまうことがある。例えば外国人の個人所得税納税システムでは個人を特定するのにパスポート番号を使うが、パスポートの更新により過去の記録が断絶してしまうことがある。また、過去になればなるほどシステム上の納税記録が不正確な場合があり、そんな時は納税実績を証明するために倉庫から10年以上も前の原始納税記録を引っ張り出してこなければならない。記録の修正はは担当官が手入力で行うわけであるが、評価に繋がらない面倒な修正を自らやりたがらない。担当官としてはなるべくなら企業側でシステムにアクセスし、修正申告をし、結果として自動消去されるからと示唆してくるのだが、それほど柔軟な入力ができ、自動的に訂正消去されるような作りにはなっておらず、数百元の話なのに、その一つが終わらないために、担当者の処理待ちで登記抹消まで数ヶ月要することもあるのだ。
第2象限のところで、増値税問題は二の次、と言ったが、当該増値税問題が第4象限で顕在化し、最後まで残り続けて清算が長期化するというリスクが実はありうる。会社清算の主管部門(一般に企業所得税担当課)と握り、会社清算の目処が立ったと思っても、増値税や個人所得税の問題が生じ、税目別で担当が分かれている税務局においては、当該問題の解決を主管部門に依頼しても、他部門への口出しを躊躇したり、責任を負いたがらないからだ。それぞれの問題はそれぞれの部門と交渉、ということになろうか。各種問題の総合解決窓口は存在しないと考えた方がよいだろう。
最後に、担当者を不愉快にさせるような行動、言動を原因とする会社清算の長期化には注意したい。時間ばかりが過ぎると、会社側清算責任者・担当者としては不安になり、本社各サイドからのプレッシャーもあって当局に何度も足を運び、担当官にしつこく進捗状況を尋ねがちだ。「処理が終わったら連絡する」という言外のメッセージを汲み取ろう。ここでは税務規定に基づく要回答日数に迫る状況においてそろそろと問い合わせるなどの忍耐が肝要だ。
[1] 税務局のカウンター越しに担当者のPC画面を見せてもらうなど。打ち出しはできないが画面ショットを撮るぐらいなら黙認される。
[2] 金額レベルは数十万元或いは百万元ぐらいであろうか。

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